2019/05/06
五月六日。
愛犬の誕生日だ。
あれからもう二回目の誕生日になる。もうそんな月日が経ったのか。信じられないような、不思議な気持ち。
わたしにとって愛犬は全てだ。
子供の頃から一緒にいた。
散歩やご飯、寝るときも。
わたしが落ち込んだとき、家族に見られないようにお風呂場に入って泣いていた。
ドアを開けると愛犬が笑ってそこに座っていた。
わたしはどれだけ救われた気持ちになったか。
あるときも、わたしは泣いていた。
そうすると、愛犬はわたしのそばにきて、触れるように座って、何も言わず、そこにずっといてくれた。
いつも、いつも、愛犬に助けられて、ここまできた。
愛犬は死んだ。
眠るように、安らかに、自宅の布団の上で。
もっとしてあげたことがあったんじゃないかって。考えればいくつでもある。なんであのとき、なんで、どうして、なんで。。。
一回忌をお坊さんにしていただいて、塔婆もたてて、強烈な一つの区切りをつけていただいた。
あの日から愛犬を亡くしたことへの心持ちがだいぶ変わったような気がして。
それまでは毎日泣いていた。電車の中でも公共の面前でも場所構わず涙がとまらなかった。
でも、一回忌。お坊さんのお話をきいて思ったこと。
執着はいけない。わたしにできるのはマルのために祈ること。
泣くことも自然と減った。
常に待ち受け画面にも、食卓にも、マルの写真がある。
待ち受け画面のマルはちょこっと舌を出してとぼけたような、ちょっとお茶目な顔でこちらをみている。
わたしはいつも携帯を開いては、マルと同じように少し舌を出して笑う。朝起きたときも仕事の時もいつだってそう。
食卓の写真もちょこっと舌を出してまっすぐにこちらをみている。ご飯をたべるときもいつも一緒。
写真を見ては、当時を思い出して笑うことも増えた。
悲しい気持ちは消えない。
寂しい気持ちも消えない。
むしろ消えてはいけない。
これからもずっと一緒に生きていくもの。
でも、悲しみや寂しさだけじゃない。
マルがくれたもの。
たくさんの思い出、たのしかったこともたくさんあった。
そういったものも、確実にある。
それらと全部一緒に、わたしは生きていく。
マルが安らかに眠れるように祈りながら。
ずっと祈りながら。
マルは病気でも最期の最期まで生き抜いた。
亡くなるその日には一緒に梅の花だって見に行った。
そりゃ、マルと会いたい。
今すぐにでも会いたい。
だっこしたい、ずっと触れていたい。
でも、無理矢理自分をおわらせることは、それは駄目だ。
昔はよく考えていた、そういったことを。
でも、マルに教えられた。
それだけはしちゃいけないんだという気持ちがどんな時もある。
あれだけ自分の常識だった凝り固まった感情が、すっと消えた。
一生をまっとうしなければならないとおもった。
そうしないと、マルに会えない。
一生をまっとうすれば、きっとマルに会えるから。
マルに会うために、わたしはこれからも生きていく。
学生時代の友人と話すことが最近よくある。
趣味があう仲で、わたしがくだけて話せる数少ない友人。
学生だった頃のわたしはとても破滅的な思考の持ち主で、なにもかも破滅的な方向へ自ら走っていくところがあった。
その破滅的な感情は他者にも向けられ、結果迷惑をかけた。
友人は友人。だけれども何でもありなわけじゃない。相手には相手の生活がある。そういった当たり前のことを当時は全く理解していなかった。
いくら冗談だといっても、今では絶対言わないようなきつい言葉もいっていた。今となっては全く面白くない。なんであんなことをずっと言って周りを恨んで憎んで常に怒りでいっぱいだったのだろう。恐ろしい感情でわたしは動いていた。
マルが亡くなって、
この時間が永遠じゃないってことを実感する毎日。
年老いた祖母や、いることが当たり前に思っている親の存在。
あれだけいることが当たり前だったマルが亡くなって実感した。本当にその日はいつかきてしまうのだということを。
優しくしたいとおもった。
できることなら、わたしにできることなら、
いつかきてしまうその日にできるだけ、一つでもできるだけ思い出せることを増やすために。
人間関係は距離が肝心だ。
大抵の人には当たり障りないことを言って、相手の顔色を見ながら、正解の言葉を選んでその場を乗り切る繰り返し。
学生の頃からの友人は違う。自分の言葉で話すから、話していて純粋にたのしい。顔色をみないで本音を話すことが学生のわたしは、本当の友人の証だと思っていた。
それは間違いだった。
そういった人こそ、優しさは大事で、
優しくしたいと思ったのは、全部マルが教えてくれた。
マルが教えてくれたことは他にもたくさんある。
わたしは気づくのが遅すぎる大馬鹿野郎だ。
わたしのいまの行動のはじまりは、すべてマルだ。
マルくん、お誕生日おめでとう。
これからもよろしくね。
安らかにねむっててね。